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【旬の判例】~第8回 「株式会社まつりほか事件」

第8回目は「株式会社まつりほか事件」です。

従業員の過労死について、会社の安全配慮義務違反を理由とする損害賠償責任(民法415条)及び取締役の第三者(従業員)に対する損害賠償責任(会社法429条1項)が争われた事案です。

Aさんは被告会社Y1社の従業員であり、Y1社の経営する飲食店において、料理長として勤務していました。Aさんは、Y1社の入社から半年後、自宅で突然不整脈を発症し、その翌日に死亡しました。
Aさんの相続人であるXさんらは、Aさんが長時間労働により過労死したと主張して、Y1社に対し、Y1社の安全配慮義務違反を理由に、債務不履行に基づく損害賠償請求をしました。また、Xさんらは、Y1社の代表取締役であるY2さんに対し、会社法429条1項に基づく損害賠償請求をしました。
なお、Y1社は、Aさんに対し、タイムカードを付けさせていませんでした。また、Y2さんは、名目上はY1社の代表取締役であったものの、Y1社の経営に関与しておらず、また、Y1社から役員報酬を一切受け取っていませんでした。Y1社の経営は、実質的にBさんが行っており、Y2さんはBさんに自身の名義を貸していたにすぎませんでした。

本件では、①Aさんの死とY1社での業務との間の因果関係(業務起因性)、②Y1社の安全配慮義務違反の有無、③Y1社の経営に関与していなかった代表取締役Y2さんの責任の有無等が主に争われました。

まず、①の業務起因性の問題について、
【A】そもそも、AさんがY1社において、長時間労働を行っていたのかが争われました。この点について、裁判所は、Aさんが業務を行っていた飲食店の警備記録の解錠記録・施錠記録を踏まえ、Aさんの始業時間・終業時間を認定しました。また、休憩時間について、飲食店の営業時間や繁忙状況、料理長というAさんの役職を踏まえ、Aさんの休憩時間を判断しました。その上で、裁判所は、Aさんの労働時間について、Aさんが死亡するまでの半年間、1か月当たり平均して128時間を超える時間外労働があった旨を認定し、その負荷が著しく大きいものであったと判断しました。
【B】そして、業務起因性の問題について、a長時間労働の目安とされる時間外労働時間数月80時間を大きく超える時間外労働が行われていたこと、b立ち仕事中心の、時間帯によっては繁忙となる時間もある業務に従事しており、業務内容それ自体の負担が軽いともいえないことを踏まえ、業務起因性があると判断しました。

次に、②のY1社の安全配慮義務違反の有無について、裁判所は、いわゆる電通事件(最判平成12年3月24日民集54巻3号115頁)を引用し、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴い疲労や精神的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う(安全配慮義務)とした上、Y1社がAの業務の状況について、労働時間や労働内容を把握し、必要に応じてこれを是正すべき措置をとる義務を負っていた旨判示しました。裁判所は、Y1社がAさんにタイムカードを付けさせず、Aさんの労働時間を把握しないまま、月100時間を超える時間外労働に従事させていたこと等を踏まえ、Y1社の安全配慮義務違反を認定しました。

そして、③の代表取締役Y2さんの損害賠償責任について、実質的な経営者がBさんであるとはいえ、Y2さんがY1社の代表取締役に適法に就任している以上、Y1社の代表取締役として第三者(本件の場合、Aさん)に対して負うべき一般的な善管注意義務違反を免れるものではない。実質的な経営者がBさんであるなどといった主張は、Y1社の内部的な取り決めに過ぎず、第三者に対する対外的な責任の内容が左右されることはない。Y2さんが、Aさんの労働時間や労働内容の把握や是正について何も行っていなかったのであるから、その職務を行うについて悪意又は重大な過失があり、これによって、Aさんの死亡という損害を生じさせたといえる、と判断しました。

裁判所は、Y1及びY2さんに数千万円もの額の損害賠償責任があると判断しました。

裁判例上、業務起因性について、いわゆる過労死認定基準(脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_21017.html)で定められている長時間労働を上回るような長時間労働がなされている場合、業務起因性が認められてしまう傾向にあります。本判決も過労死認定基準を上回る長時間労働がなされていた事案であるところ、Aさんの業務内容等も踏まえて業務起因性が認められています。また、本件の特色として、経営に関与しておらず、役員報酬も受領していない名目的な取締役であるY2さんの損害賠償責任が認められている点が挙げられます。
本件のように、従業員が過労死してしまった場合、会社に多額の損害賠償責任が認められてしまう可能性があります。従業員のためにも、企業経営の観点からも、従業員の労働時間や労働内容を適切に把握・管理する必要があるといえます。

弁護士 小熊 克暢(おぐま かつのぶ)

札幌弁護士会所属。
2020年弁護士登録、同年PLAZA総合法律事務所入所。北海道出身。

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