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【旬の判例】~第60回 「オフィス・デヴィ・スカルノ元従業員ら事件」

第60回は、オフィス・デヴィ・スカルノ元従業員ら事件(東京地裁 令5.11.30判決)です。

1 事案の概要

本事案では、ある会社の代表者が葬儀のためインドネシア共和国に渡航したところ、その従業員らにおいて、代表者がコロナウイルスに感染している疑いがあるとして、代表者の帰国後2週間は代表者の自宅兼会社事務所への出勤を行わず、従業員それぞれ在宅での勤務を行う方針を決定しました。これに対し、代表者は、自身を病原体であるかのように扱い代表者との接触を拒否する従業員らの行為が、①違法な共同絶交であり、また、代表者をコロナウイルス感染者若しくは濃厚接触者と決めつけるもので、代表者に対する②侮辱行為であると主張し、民法709条の不法行為に基づき従業員らに対して損害金770万円の支払いを求めた事案です。

2 共同絶交について

従業員らによる在宅勤務の方針決定が、違法な共同絶交に該当するかについて、裁判所は、次のとおり判示しています。

代表者がインドネシア共和国に渡航したのは令和3年2月3日のことでした。当時の社会的状況や政府の講じていた措置の状況に加え、代表者の渡航していたインドネシア共和国における感染者の状況、感染から日数が経っていない場合にPCR検査で陽性とならない場合があることに照らすと、従業員らが在宅勤務の方針を決定し、その旨を代表者に申し出たこと自体が直ちに不合理とはいえず、これをもって、代表者との関係で社会通念上許されない違法な行為に当たるともいえないから、このような方針を決定したことが代表者の主張する違法な共同絶交に当たると評価することはできず、代表者の主張には理由がないと判示しました。

3 侮辱行為について

次に、従業員が代表者に在宅勤務の方針を告げた行為が、代表者をコロナウイルスの感染者又は濃厚接触者と決めつけるものとして侮辱行為に該当するかについて、裁判所は次のとおり判示しています。

前提として、裁判所は、人の名誉感情を損なう行為は、社会通念上許される限度を超える侮辱行為であると認められる場合に、その者の人格的利益を侵害するものとして、不法行為が成立するというべきであるとして、侮辱行為が不法行為に該当し得るとしました。

その上で、本件において、従業員が代表者に在宅勤務の方針を告げたことは、代表者のPCR検査結果が陰性であったとしてもなお代表者にコロナウイルス感染の可能性があることを前提するものといえ、飽くまで可能性をいうものであって、代表者を感染者又は濃厚接触者と決めつけたものと評価することはできないことから、侮辱に当たるという代表者の主張は、その前提を欠き理由がないと判示しました。

また、当時の社会的状況等に照らすと、従業員らが帰国した代表者にコロナウイルス感染の可能性を懸念すること自体直ちに不合理とはいえず、このことに加えて、在宅の方針の申出をした経緯、内容等に照らすと、従業員が代表者に感染の可能性があることを指摘したことが社会通念上許される限度を超える侮辱行為として代表者の人格的利益を侵害するものとは認められないことから、代表者の主張には理由がないと判示しました。

4 まとめ

結論として、本件では、原告の共同絶交及び侮辱行為の主張はいずれも認められませんでした。

本件と同様に共同絶交又は侮辱行為が争われた事例として次のような事例があります。

中央観光バス事件(大阪地裁 昭55.3.26)では、ストライキを実施した労働者らに対し、会社が退職することを求め、これに応じなければ当該労働者らを無視するとともに同人らと同乗、同行勤務をすることを拒む旨の合計30名の乗務員が署名した勧告書が同人らに交付されました。これらの行為が、同人らに対し、日常生活の重要な基盤を構成する職場という場所から離脱を余儀なくさせるものであり、同人らの自由及び名誉を侵害することとなる旨告知した違法な行為というほかない旨判示しました。

また、関西電力事件(最高裁 平7.9.5)では、共産党員またはその同調者である労働者らに対し、そのことのみを理由として会社が職場の内外で当該労働者らを監視し、同人らの思想を非難して他の従業員に同人らとの接触、交際をしないよう働きかける等した行為があり、この者らの職場における自由な人間関係を形成する自由を不当に侵害するとともに、その名誉を毀損するものとして人格的利益を侵害する旨判示しました。

これらの事案は、会社側の意向もありながら従業員の少数派が多数派従業員により排斥されたものと考えられるのであるのに対し、本件は、全く事案を異にしています。

本件では会社において影響力の強い代表取締役兼タレントに対する従業員らの集団的な要望行為(2週間の在宅勤務の要望)が問題とされており、これをもって違法な共同絶交と解するならば、従業員らの交渉の芽を摘むことにも繋がりかねません。

また、使用者は労働者に対し安全配慮義務を負っていることから、少なくとも当時の状況下では事務所内において感染拡大を積極的に防止するとともに、労働者の要望を全て聞き入れるかは別としても、感染を恐れる労働者らに対し誠意をもって説得するなどの対応をすべきであったといえます。

本件代表者は、従業員らの在宅勤務の要望に対して、「あなた、何言ってんのよ。私は病原体でもなんでもないわよ」。「あなたたちはおかしい、そんなに怖いんだったらもう来なくてよい」などと返答しており、使用者の対応としては不適切だったといえます。

これらの事案の違いにより、本件では、結論も異にすることになったといえます。

本事案を通して、従業員から代表者に対し要望がなされた場合のとるべき行動指針が読み取れます。また、本件では共同絶交にも侮辱にも該当せず不法行為は成立しませんでしたが、上記事例のように会社側の意向もありながら従業員の少数派が多数派従業員により排斥されるような場合については不法行為が成立する余地がありますので、使用者の方におかれましては、従業員間の関係性にも目を光らせ、健全な労使関係を構築していくことが望ましいといえるでしょう。

弁護士 髙木 陽平(たかぎ ようへい)

札幌弁護士会所属。
2022年弁護士登録。2022年PLAZA総合法律事務所入所。北海道出身。

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