『ビジネス法務』2021年5月号の実務解説は「定年後再雇用者の基本給・手当に対する判断と実務対応策」です。2020年10月、名古屋地裁において再雇用時の基本給が定年退職時の基本給の6割を下回ることを違法とする旨の判断が示されました。本判決は、定年後再雇用者の基本給について企業に正社員との格差是正を求めるものであり、70歳までの就業確保を企業の努力義務とする改正高齢者雇用安定法の施行を目前に控えたなか、大いに注目されるものです。本稿では、この判決の解説を通じて企業がどのような点に留意すべきか説明されています。
- Ⅰ 事案および判旨
- 1事案の概要
- 2旧労働契約法20条
- 3職務の内容などの相違
- 4基本給
- 5皆精勤手当および敢闘賞(精勤手当)
- 6家族手当
- 7賞与
- Ⅱ 本判決のポイント
- Ⅲ 本判決をふまえた実務的な対応策
- 1年功的賃金制度から成果型賃金制度へ
- 2正社員との差別化
- 3労使間の合意・協議
<PLAZA総合法律事務所の弁護士解説>
1はじめに
本記事は、再雇用時の基本給が定年退職時の基本給の6割を下回ることを違法とした名古屋地裁令和2年10月28日判決の解説となっております。
2事案の概要
本件は、名古屋にある自動車教習施設に勤務する定年後再雇用者2名が定年前後で職務の内容に変更はないにもかかわらず、基本給、各種手当ならびに賞与の支給において不合理な相違があったとして、旧労働契約法20条に基づき、定年退職時の賃金との差額の支払を求めた事案です。
昨年4月に、旧労働契約法20条は、パートタイム・有期雇用労働法8条に統合されておりますが、本判決は、その解釈にも参考になるとされております。
3期間の定めがあることによる不合理な差別とは
旧労働契約法20条は「有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者…と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。」としております。
一般に、有期契約労働者は無期契約労働者よりも賃金や待遇が劣ることが多く、そのような有期契約労働者を保護するために、労働条件について無期契約労働者との不合理な相違を禁止する旧労働契約法20条が制定されました。
最高裁判例は、有期契約労働者と無期契約労働者の間の「不合理な差別」があるかについては、職務の内容および職務の内容・配置の変更範囲だけでなく、それ以外の「その他の事情」の考慮が必要であり、また、両者の賃金の総額を比較するだけではなく賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきであるとしました(長澤運輸事件)。
4本判決の解説
本判決は、長澤運輸事件に沿って、正職員定年退職時と再雇用による嘱託職員時で職務の内容と職務の内容・配置の変更範囲に相違はなかったと認定しました。そのうえで、嘱託職員時の基本給が正職員定年退職時の基本給の60%を下回っており、それは、原告らに比べて職務上の経験に劣り、基本給の年功的性格から将来の増額に備えて金額が抑制される若年正社員の基本給をも下回ることから、この相違は不合理といえ、また、賞与もそれに基づいて計算しており、その相違は不合理であるとしました。
そして、所定労働時間を休まず出勤することを奨励する「精励手当」については、その必要性は正職員と嘱託職員で変わりなく、正職員定年退職時に比べて嘱託職員時に減額して支給しているという相違は不合理であるとしました。これに対し、「家族手当」については、嘱託職員は老齢厚生年金の支給を受けることもできるため、支給しないという相違は不合理とはいえないとしました。
5本判決を踏まえた対応策
本判決の判断のポイントは、正職員の基本給の年功的性格を重視している点です。
このような賃金体系のもとでは、定年直前の賃金が当該労働者のその当時の貢献に比して高くなり、再雇用後に貢献に相応の賃金額を設定しようとした場合に定年直前の賃金額との差が開いてしまうことが多くなります。そこで、個々の労働者の能力や成果が賃金額に反映される成果型賃金制度を導入し、定年直前の賃金額を実際の貢献に見合う額にすることで、再雇用後の賃金額との差をなるべく小さくするという対応策が考えられます。また、もう一つのポイントは、定年前後で原告らの職務内容および変更範囲に相違がないとされた点です。
この点については、正社員の業務に伴う責任の程度を重く、職務内容および配置の変更の範囲を広くしておき、定年前後で差を設けやすくしておくことにより相違がないとは言われにくくなるのではないでしょうか。
6おわりに
長澤運輸事件で示された「その他の事情」として考慮される事情の一つに、労使間の交渉過程があります。本判決では労使間での合意や交渉結果を労働条件へ反映していないことが不合理性を肯定する一事情になりました。有期契約労働者の労働条件は労使間で十分に協議し、使用者側としては労働者側の意向を極力取り入れる姿勢を示すことも重要とされております。
(弁護士 櫻井 彩理)
協力:中央経済社
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