『ビジネス法務』2024年11月号の実務解説は「ジョブ型雇用時代を見据えたルール作り」(執筆:向井蘭弁護士)です。滋賀県社会福祉協議会事件最高裁判決は、職種限定合意がある場合に使用者が同意なく従業員を異動させることを認めず、異動命令を無効と判断しました。今後、この最高裁判決をもとにジョブ型雇用時代を見据えたルール作りが進むと思われます。その内容が解説されています。
- Ⅰ 滋賀県社会福祉協議会事件最高裁判決の意義
- Ⅱ 事例
- Ⅲ 判旨
- Ⅳ 職種限定合意における価値判断
- Ⅴ 職種限定合意における職種変更同意のとり方
- 1個別的同意に対する慎重な検討
- 2書面で行う必要性
- 3無理して同意を得ようとしない
- 4不同意の場合の選択肢の提示
- Ⅵ 特定の職種の業務がなくなった場合における整理解雇の妥当性
- Ⅶ 職種限定合意があるか否かわからない場合の対応
- Ⅷ 今後の職種限定合意の活用方法
- Ⅸ 労働条件明示との関係性
<PLAZA総合法律事務所の弁護士解説>
本記事では、滋賀県社会福祉協議会事件最高裁判決(最二小判令6.4.26労判1308号5頁)(以下「本件最高裁判決」という)をもとに、来るべきジョブ型雇用時代を見据えたルール作りについての解説がなされています。
「ジョブ型雇用」というのは、企業にとって必要なスキル、経験、資格などを持つ人材を、職務内容(ジョブ)などを限定して採用する雇用方法のことをいいます。すなわち、職種限定合意のある雇用をいい、現在、このジョブ型雇用の採用方法が普及しつつあります。
そして、本件最高裁判決は、これまであいまいであった職種限定合意がある場合の取扱いが明確になったという意味で大きな意義のある判決であると評価されています。
本件最高裁判決は次のような事案でした。原告(労働者)は、被告(使用者)との労働契約に基づき、福祉用具の改造、製作、技術の開発などの業務に従事していました。被告では、技術者の不足と発注の減少などの理由から、福祉用具の改造、製作、技術の開発などの業務を受注しないことを決定しました。それに伴い、被告は原告を主任技師の役職から総務課施設管理担当の役職に異動させることにしました。原告は被告からのこの異動命令を拒否しました。裁判では、被告の異動命令が適法であるかについて争われました。
これまで、職種限定合意がある場合で、従業員が職種変更を伴う異動を拒否した場合に、使用者が例外的に異動命令を出すことができるかについては裁判例上争いがありました。裁判例では、職種限定合意の場合でも、雇用確保のための異動命令を有効と判断していました(東京海上日動火災保険事件・営業の一定職種が廃止されることに決まり異動を命じた事例)。
本件最高裁判決の一審及び二審判決においても、前記東京海上日動火災保険事件の見解を採用し、福祉用具の改造、製作、技術開発などの職種が廃止されることから、原告の解雇を回避するために異動を命じたものであって、異動の必要性を認め、甘受できない不利益があるとはいえないとして、被告の異動命令は適法であると判断しました。
これに対して、本件最高裁判決は、この一審・二審の判断を覆し、職種限定の合意がある場合、使用者は、対象従業員の同意なしに、異動させることはできない(異動させる権限を有しない。)と明言しました。これにより、本件最高裁判決は、職種限定合意、すなわち従業員の自己決定権を尊重する旨判断したことになります。そうすると、反対に、従業員の雇用維持が図れなくなる可能性が出てきます。当該従業員に対しては、整理解雇をするほかないという帰結にもなり得ることとなり、最終的に、整理解雇をするための使用者が果たすべきプロセスが重要となります。
整理解雇を行うためには、整理解雇の4要素として、①人員削減の必要性、②解雇回避努力義務の履行、③人選基準の合理性、④協議や労使交渉を尽くしたかなどが判断されます。
本件最高裁判決により、②の解雇回避努力義務において、別の業務への異動を命じる義務まではなくなり、別の職種変更の申し込みの打診を行えば足りることになりました。対象従業員が別職種への変更を拒否すれば、あとは金銭による退職の交渉、それが決裂すれば整理解雇というプロセスとなります。その中で、当然、特定の職種の業務がなくなることの説明内容や退職条件の合理性・相当性が問われることになりますが、説明・協議を尽くしても合意退職ができなければ、整理解雇は有効になりやすくなるといえます。
このように、本最高裁判決によって、特定の職種がなくなる場合でも、使用者が対象従業員に対して異動命令を出すことができないこととなり、それに伴い、使用者が果たすべきプロセスも変更されたといえます。ジョブ型雇用が増えるにつれ、同様のケースが発生する可能性も高くなります。本最高裁判決を参考に、健全な労使関係の構築にお役立ていただけますと幸いです。
弁護士 髙木 陽平(たかぎ ようへい)
札幌弁護士会所属。
2022年弁護士登録。2022年PLAZA総合法律事務所入所。北海道出身。
協力:中央経済社
公式サイト(http://www.chuokeizai.co.jp/bjh/)