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【旬の判例】~第16回 「広島精研工業事件」

第16回は「広島精研工業事件」です。

降格処分の有効性、各種手当の減額の有効性、パワーハラスメント等を理由とする会社の損害賠償責任の有無等が争われた事案です。本稿では、降格処分の有効性という論点に絞って、「広島精研工業事件」を取り上げたいと思います。

まず、前提として、降格処分には、懲戒処分としての降格(従業員の規律違反・秩序違反等のような企業秩序違反行為に対する不利益措置)人事権の行使としての降格(従業員の適性や成績等を評価して行われる役職の引き下げ等)の2種類の処分が存在します。本件は、後者の人事権の行使としての降格処分の有効性が争われた事案です。

XさんはY社(自動車部品メーカー)の従業員であり、平成21年まではY社の課長を務めていました。しかしながら、Xさんは、平成22年1月1日付で、Y社により課長職(上から2番目の役職。)から平社員(一番下の役職。8番目の役職。)に降格(以下、「本件降格」といいます。)されてしまいました。
Y社は、本件降格の理由として、①労働災害(労働者が業務を原因として被った傷病等)を社内で多数発生させたことや不良品を社外に大量に流出させたこと等の、安全や品質に関するXさんの成績の不良、②Xさんの部下に対する教育能力の不足、③コスト管理等の管理指標に関する基礎知識の不足、④対人関係のトラブルの多さを提示しました。なお、Y社の就業規則等には、従業員の降格処分について定めた規定はありません。

また、Y社には、役職に応じて支給される役付手当がありました(なお、Y社就業規則上、平社員には役付手当が支給されません。)。Xさんは、平成21年まで、課長職の役付手当6万円の支給を受けていました。しかしながら、Xさんの役付手当について、本件降格によりXさんが平社員となったことに伴い、支給されなくなってしまいました。

Xさんは、本件降格が無効であることの確認や未払の各種手当等を請求するため、訴訟を提起しました。

裁判所は、本件降格の有効性について、次のように判断しました。

まず、降格処分について、労働者の承諾や就業規則等の労働契約上の根拠がなくとも、人事権の行使として、労働者の役職や職位を引き下げることはできる。また、人事権の行使としての降格について、基本的には使用者の経営上の裁量判断に属するものであるといえる(なお、労働契約において、職種を限定したり、一定レベル以上の役職や給与水準等を保障したりする内容の合意がある場合のようなケースでは、当該合意内容に反する降格は認められないが、本件において、そのような合意はない。)。

もっとも、人事権の行使としての降格も無制限に認められるものではなく、社会通念上著しく妥当性を欠き、権利の濫用に当たると認められる場合には違法無効となる。具体的には、(A)使用者側における業務上、組織上の必要性の有無及び程度、(B)労働者の能力又は適性の欠如の有無及び程度、(C)労働者の受ける不利益の性質及び程度等の諸事情を総合的に考慮し、社会通念上著しく妥当性を欠き、権利の濫用に当たると認められる場合には、違法無効となる。

裁判所は、上記(A)から(C)の判断枠組を提示した上で、Yが提示している①から④の降格理由について、次のように判断しました。

まず、①(安全や品質に関するXさんの成績の不良)について、確かに、Xさんが課長を務めていた課において、これまで少なくない件数の労働災害が発生している他、多くの不良品を社外に流出させている。もっとも、その要因について、業務の多忙や人手不足等のXさんのみの責任とは言い難い事情も一因となっていたものと考えられる。そのため、Xさんの課長としての能力や適性が十分ではなかったといい得る面があるとしても、その程度が著しいものであったとはいえない。次に、②(Xさんの教育能力の不足)と③(管理指標に関する基礎知識の不足)について、Xさんの教育能力や基礎知識が不足していると評価することが相当といえるような事実関係はない。そして、④(対人関係のトラブルの多さ)について、Y社がいくつか事実関係を提示しているものの、当該事実関係を裏付ける的確な証拠がない(Y社の立証の失敗)。

よって、①から④の降格理由について、②から④の降格理由は本件降格の有効性の判断にあたって考慮されない。

その上で、裁判所は、①について、上記(A)から(C)の判断枠組に照らし、次のように判断しました。

(A)について、本件降格の前年である平成21年において、Xさんの課で労働災害は発生しておらず、Xさんの課から不良品が社外に流出した事例があったなどの事情もうかがわれない。本件降格がなされた平成22年1月1日時点において、直近1年間でXさんの課で当該問題が発生していなかったのであるから、労働災害や不良品の社外流出の発生を防止するためにXさんを課長から平社員に降格させる業務上、組織上の必要性が高かったということはできない。仮に、①に関して、Xさんを課長の地位にとどめておくことが相当でなかったといい得るとしても、課長職から一番下の職位である平社員まで大幅に降格させる必要性があったとは認めがたい

また、(B)について、Xさんが課長の地位にふさわしい能力や適性を欠いているとも認めがたい

そして、(C)について、本件降格により、課長職の役付手当6万円が不支給となっており、Xさんの賃金が約15%も減額されているため、不利益の程度も重大であるといえる

よって、本件降格について、(A)業務上、組織上の必要性に乏しく、(B)Xさんが課長の地位にふさわしい能力や適性を欠いているとも認めがたいにも関わらず、(C)Xさんを課長から平社員へと大幅に降格させ、Xさんに重大な経済的不利益を与えるものであることから、社会通念上著しく妥当性を欠き、権利の濫用に当たるものというほかない。本件降格は違法無効であるというべきである。

そして、役付手当についても、本件降格が無効であることから、Xさんが役付手当の支給を受ける権利を有すると判断しました。

本件において、前述のとおり、人事権の行使としての降格処分の有効性(従業員の適性や成績等を評価して行われる役職の引き下げ等)が問題となりました。

まず、人事権の行使としての降格処分について、就業規則等の労働契約上の根拠がなくとも行うことができます。もっとも、就業規則等の労働契約上、従業員の職種が限定されていたり、一定レベル以上の役職を保障したりする内容の合意が存在するようなケースでは、当該合意内容に反するような降格は認められません

また、そのような合意がない場合であっても、(A)使用者側における業務上、組織上の必要性の有無及び程度、(B)労働者の能力又は適性の欠如の有無及び程度、(C)労働者の受ける不利益の性質及び程度等の諸事情を総合的に考慮し、社会通念上著しく妥当性を欠き、権利の濫用に当たると認められる場合には、違法無効となります。本判決と同様の判断枠組を採用している裁判例として、大阪府板金工業組合事件(大阪地判平22.5.21労判1015号48頁)が挙げられます。

また、本件では論点とされていない懲戒処分としての降格(従業員の規律違反・秩序違反等のような企業秩序違反行為に対する不利益措置)の有効性については、①就業規則に当該懲戒処分の根拠規定が存在し、②労働者の問題行為が当該就業規則上の懲戒事由に該当し、③懲戒処分につき、客観的合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められる場合に有効と判断されることになります。

弁護士 小熊 克暢(おぐま かつのぶ)

札幌弁護士会所属。
2020年弁護士登録、同年PLAZA総合法律事務所入所。北海道出身。

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