第25回は「アルデバラン事件」です。
本件では、看護師の緊急対応業務のための待機時間が、労働基準法上の「労働時間」に該当するのか否かという点が問題になりました。
本判決は、看護師の緊急対応業務のための待機時間について労働時間性を認めた初めての判決と思われ、注目に値します。
1、事案の概要
居宅介護サービス事業を営むY社に努めていた看護師(以下「X」といいます。)が、Y社に対し、緊急対応業務(以下「本件緊急対応業務」といいます。)のための待機時間も労働基準法上の労働時間に含まれるとして、割増賃金の支払いを求めた事案です。
2、待機時間の労働時間該当性を巡る裁判例
一般的に、待機時間が労働基準法32条の「労働時間」に該当するか否かは、被用者が使用者の指揮監督命令下に置かれていると言えるかどうかという観点から、客観的に判断されており、被用者に「労働からの解放」が保証されていない場合には、結果的に被用者が業務に従事しなかったとしても、待機時間全体が労働時間として扱われることになるとされています。
この種の争いで特に問題となりやすいのは、被用者の場所的・時間的拘束が弱い場合や、業務に従事する頻度が低い場合です。
この点、待機場所が事務所であるか否かを基準として、事務所待機ではない時間帯は、使用者の指揮監督命令下から離脱しているとして、労働時間には該当しないと判断した裁判例(札幌高判令4.2.25労判1267号36頁)も見受けられますが、多くの裁判例では、労働者の行動の自由に対する拘束の程度や、業務従事の頻度等の実態を考慮して、特段の事情のない限り待機時間全体が労働時間に当たると判断されています。
3、本判決の判断
本判決でも、本件緊急対応業務の内容を以下のように認定したうえで、上記裁判例と同様、被用者の行動の自由に対する拘束の程度と、業務従事の頻度等の実態を考慮して、待機時間全体が労働時間に該当するものと判断されました。
①本件緊急対応業務の内容:当日の終業時刻から翌日の勤務開始時刻までの間の対応業務。具体的には、患者に発熱・ベッドからの転落・徘徊・呼吸の異変等が生じた際に、待機中の看護師が所持している携帯電話に呼び出しの発信が掛かり、当該連絡を受けた看護師は、その着信に遅滞なく気づいて緊急対応の要否を判断したうえで適切な対応を指示することが求められ、場合によっては、自ら現地に赴いて看護業務に就くことも求められた。
②Y社の反論:Xについての実際の対応状況は、8回に1回程度しかなく、その際の対応時間もおおむね30分から1時間程度に過ぎなかった。さらには、待機時間中であっても外出は許可されていて、待機場所を明確に指示していたわけでもない。したがって、Y社のXに対する時間的・場所的拘束は極めて軽微なものにとどまっていたのであるから、本件待機時間は労働時間には含まれない。
③裁判所の判断:しかしながら、本件緊急対応業務の内容を踏まえると、Xは、呼び出しの電話があれば直ちに駆けつけることができる地理的場所に所在していることを余儀なくされていたと言え、Xの実対応の頻度についても、決して少ないとは言い切れないものであるから、Xが本件緊急対応業務に実際に対応した時間はもとより、Xの待機時間全体について、Y社への役務提供が義務付けられていた時間として労働基準法上の労働時間に該当するものと言うべきである。
4、おわりに
本判決が示すように、形式的には待機時間とされる時間ではあっても、労働者が拘束される程度の如何によっては、労働基準法上の労働時間に該当するものと判断されることになります。
この問題は、ひいては、割増賃金の支払い・付加金の支払いなどの重大な問題にも発展しかねないものですので、適切な対応が必要になります。(実際、本件では、これらの点についても争われ、Y社は待機時間を労働時間に組み入れた割増賃金の支払い・付加金の支払いを余儀なくされました。)
本稿をきっかけに、待機時間の取扱いについて適切に管理いただき、不測の事態を未然に避けていただければ幸いです。
弁護士 白石 義拓(しらいし よしひろ)
第二東京弁護士会所属。
2022年弁護士登録、同年PLAZA総合法律事務所入所。栃木県出身。