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【旬の判例】~第27回 「ビジネスパートナー従業員事件」

1 はじめに
本件は、全国転勤の可能性がある従業員が転勤命令を拒否した場合、既払の賃金と全国転勤のない従業員の賃金との差額を返還させることができる旨の就業規則の規定(以下、「本件規定」といいます。)の有効性が問題となった事案です。また、本件において、当該従業員に対する転勤命令(以下、「本件転勤命令」といいます。)が権利の濫用として無効となるかどうかについても争われました。
裁判所は、結論として、「本件規定」も「本件転勤命令」もいずれも有効であると判断し、会社の従業員に対する差額賃金(2万円×6か月分)の返還請求を認めました。
 以下、裁判所がこのような判断をした理由について説明します。

2 本件事案の概要
 本件において、原告である会社では、総合職と地域限定総合職という異なる職群が設けられていました。これらは、転勤の可能性の有無によって区別されており、総合職の方が転勤の可能性がある分、地域限定総合職よりも賃金が月額2万円程高く設定されていました。
そして、被告である従業員は、転勤の可能性のある総合職として勤務していたところ、会社から転勤命令がなされたのに対し、それを拒否しました。
転勤を拒否する従業員についてどのような対応をするかは会社によって異なり、懲戒解雇としたり、降格処分としたり、今回のように本件規定を設けて地域限定職の差額を返還させたりするといった方法等が考えられます。
本件の会社では、事情が変わり転勤ができなくなる従業員にも柔軟に対処すべく、「総合職の従業員が転勤命令を拒んだ場合は、地域限定職との差額を半年遡って返還し、以後は地域限定職へ変更する」という旨の本件規定を設けていました。
会社側は本件規定に基づき、当該従業員に対し、差額賃金の返還請求をしました。これに対し、従業員側は、本件規定が労働基準法第24条1項にいう「賃金全額払いの原則」(定められた賃金は全額支払わなければならない)に反するため無効である旨や本件規定の内容が合理性を欠き、労働契約の内容に含まれない旨(労働契約法7条)、本件転勤命令が権利の濫用として無効である旨主張し、会社側の請求を争いました。

3 本件規定の有効性についての裁判所の判断
裁判所は、本件規定は労働基準法に反しないとして、有効であると判断しました。
その理由として、裁判所は、まず、賃金全額払いの原則(労働基準法24条1項)の趣旨が、使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し、もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活を脅かすことのないようにしてその保護を図るものであること(最高裁判所昭和44年(オ)第1073号)を確認的に述べた上で、次のように判断しました。
本件規定が転勤を拒否した場合に地域限定職との差額を半年分に限り返還させるものであること、差額が月額2万円にとどまること、従業員側が適時に申請することで総合職や地域限定総合職といった職群を変更することが可能であったことに鑑みて、本件規定は、労働者に過度の負担を強い、その経済生活を脅かす内容とまではいえず、賃金全額払いの原則の趣旨に反するとまではいえない。そのため、労働基準法24条1項には違反しない。また、本件規定の内容について、従業員が職群を自由に選択することができるメリットがある他、返還額もそれほど多いものでもなく労働者に過度の負担を強いるわけでもないことにも鑑み、本件規定は合理的な内容であるといえるため、労働契約の内容の一部となる(労働契約法7条)として、従業員側の主張を退けました。

4 転勤命令の権利濫用該当性についての裁判所の判断
 また、裁判所は、本件転勤命令について、権利濫用に該当せず、有効であると判断しました。
 その理由として、まず、転勤命令も無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することは許されないとし、転勤命令の業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないと解される(最高裁判所昭和59年(オ)第1318号)として、権利濫用該当性の判断枠組を示しました。
 そして、裁判所は、業務上の必要性について、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化などといった企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要が肯定される旨を示しました(前記最高裁判例参照)。その上で、裁判所は、本件において、人員の適正配置の観点のほか、金融業という業種を踏まえて、不正を防止するとともに、ゼネラリストを育成するという観点から、ジョブローテーションを行う必要があり、現に後任の必要が生じていたこと、従業員である被告の経験等を考慮すると、業務上の必要性及び人員選択の合理性(当該従業員を狙い撃ちした不当な動機・目的がないこと)があったと認められました。
また、当該従業員の不利益について、当該従業員が転勤の可能性のある総合職を選択していたのであるから、同居の両親の介護の必要性を考慮したとしても通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を課すものとは認められないと判断しました。よって、裁判所は、本件転勤命令について、業務上の必要性があり、他の不当な動機・目的も見受けられず、当該従業員に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものでもないことから、特段の事情はないとして、権利濫用とはならないと判断しました。

5 おわりに
 本件において、転勤を拒否した者に対し、地域限定職との差額を返還させる就業規則の規定が有効であるとの判断がなされました。
 もっとも、本件の場合。差額の返還について、差額を請求できるのが半年分に限られるとしていたこと、差額が月々2万円にすぎなかったこと、会社側が地域限定職に適時変更することができる運用をしていたこと等が重視されました。そのため、同種の就業規則の規定について、一律に有効であると判断されたわけではない点に注意が必要です。
以上の通り、本判例は、転勤を拒否する従業員への対応を検討する上で、一つの指標となります。この機会に、自身の会社における従業員から転勤拒否された場合の対応について、一度見直してみてはいかがでしょうか。

弁護士 髙木 陽平(たかぎ ようへい)

札幌弁護士会所属。
2022年弁護士登録。2022年PLAZA総合法律事務所入所。北海道出身。

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