第30回目は、「天満労基署長(大広)事件」です。
本件は、うつ病を発症し、飛び降り自殺をした会社従業員(以下「X」といいます。)の妻が、Xが自殺したのは業務上の事由により精神疾患を発病した結果であるとして、処分行政庁に労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」といいます。)に基づき遺族補償給付の支給を求めた事案です。
本件では、「自殺の原因となったうつ病に業務起因性(業務上の事由により発病したこと)が認められるか」という点が争われました。
結論として、裁判所は、Xのうつ病には業務起因性がないとして、Xの妻(以下「原告」といいます。)の請求を棄却しました。
裁判所が上記結論に至った理由は次のとおりです。
1 業務起因性の判断枠組みについて
裁判所は、業務起因性を認めるためには、業務と疾病との間に相当因果関係が認められることが必要であるとした上で、かかる相当因果関係を認めるためには、当該疾病等の結果が、当該業務に内在又は通常随伴する危険が現実化したものであると評価し得ることが必要であるという過去の判例の判断枠組を踏襲しました。
そして、精神障害の業務起因性の判断については、環境由来のストレスと個体側の反応性・脆弱性とを総合考慮し、業務による心理的負荷が、平均的労働者を基準として、社会通念上客観的にみて、精神障害を発病させる程度に強度であるといえる場合に当該業務に内在又は通常随伴する危険が現実化したものとして相当因果関係が認めるのが相当であるという基準を採用しました。
2 業務による心理的負荷の強度
原告は、①長時間労働、②2週間(12日)以上にわたる連続勤務、③クレームを受けたことの3つの事実からXの業務による心理的負荷が精神疾患を発病させるに足りる危険性を有すると主張しました。加えて、④業務以外の心理的負荷がないことから、相当因果関係が認められるという主張をしました。
これに対し、裁判所は①②③④につきそれぞれ以下の通り判断しました。
① 長時間労働
Xの本件疾病の発病前6か月間における1ヶ月あたりの時間外労働がおおむね80時間を超えないと評価できること、Xは裁量労働制の適用を受けており、労働時間や勤務場所についてはXの裁量で決めることができたこと、Xの担当業務の内容からして業務量としては特段多いわけではなかったこと、休憩時間もとれていたことが認められることを踏まえると、客観的に業務過多の状態にあったとは言い難く、またその労働密度も高いものではなかったと裁判所は判断しました。
そして、これらの事実から、裁判所は、Xの業務内容と勤務形態の心理的負荷は「弱」か、多く見ても「中」にとどまるとみるのが相当であると判断しました。
② 2週間(12日)以上にわたる連続勤務
Xは確かに2週間(12日)以上にわたり連続勤務していることが認められるものの、1日の労働時間が8時間未満である日もあり、それ以外の日の労働時間もとりたてて長いわけではないことが認められ、担当業務が量的にも質的にも負担の大きいものとはいえないことから、かかる連続勤務による心理的負荷は、単に休日労働を行ったという程度に相当するものとして、「弱」というべきであると裁判所は判断しました。
③ クレームを受けたこと
Xは、業務に関連して撮影した写真や知り得た舞台裏情報を無断で私的なブログに載せていました。このブログの存在を見つけた取引先が、Xの勤務する会社にクレームを入れ、それを受けたXは当該ブログを全て削除したという出来事がありました。原告はこの一連の出来事が、Xの業務による強度の心理的負荷にあたると主張しました。
しかし、裁判所は、上記のようなブログの作成は私的な非違行為でありXの業務とみることはできず、ブログに当該写真を載せたことによってクレームを受けた出来事は、重大な仕事上のミスをしたとはいえないとして、当該ブログを全て削除したことによる心理的負荷は業務以外の心理的負荷として評価すべきであると判断しました。
④ 業務以外の心理的負荷
上記③で述べた通り、クレームを受けてブログを全て削除したことはXの業務以外の心理的負荷に該当するため、Xには業務以外の心理的負荷があったと認められると裁判所は判断しました。
また、原告は本件ブログの削除は会社からの指示であり、業務以外の出来事とみることはできないと主張しました。
これに対し、裁判所は、会社が指示したのは、本件クレームの対象部分や業務に関連する部分にとどまり、ブログの閉鎖を指示したことはないとして、本件ブログを全て削除したのは、専らXの自らの判断によるものというほかなく、この点の原告の主張も採用しませんでした。
以上より、裁判所は、①、②、③の心理的負荷は全体として、「中」にとどまるというべきであると判断しました。
そして、Xの業務による心理的負荷の強度は「中」を超えず、社会通念上、客観的にみて、本件疾病を発病させる程度に強度の心理的負荷を生じさせるものであったとはいえず、
他方、業務による心理的負荷の強度を超える業務以外の心理的負荷があったと認められることを踏まえると、本件疾病の発病については、本件会社においてXが従事した業務に内在する危険が現実化したものということはできず、Xの業務と本件疾病の発病との間に相当因果関係があるとは認められないと結論づけました。
以上、従業員の疾病との業務起因性についての裁判例を紹介させていだきました。業務上の心理的負荷といえるかの判断に迷った際は、本裁判例が一定の指標となり得ますので参考にしてみてはいかがでしょうか。
弁護士 髙木 陽平(たかぎ ようへい)
札幌弁護士会所属。
2022年弁護士登録。2022年PLAZA総合法律事務所入所。北海道出身。