第80回は、社会福祉法人A会事件【東京高裁令和6年7月4日判決 労働判例1319号79頁】です。
本件では、泊まり勤務における割増賃金の額が争われました。
1 事案の概要
Xさんは、平成14年7月、社会福祉法人A会(以下「Y法人」といいます。)との間で、期限の定めのない雇用契約を締結し、4か所のグループホームで入居者の生活支援を行っていました。
Xさんの勤務形態は、午後3時から9時まで勤務し、そのままグループホームにおいて宿泊し、翌日午前6時から10時まで勤務するというものでした。
業務内容の記録によれば、4か所のグループホームの記録には「安全管理」「見回り」および「居室チェック」の定形文言にチェックをされていることがほとんどでした。
賃金の定め(平成31年当時)は以下の通りでした。
・基本給 24万4250円
・夜勤手当 1日あたり6000円
・夜間支援手当 1万4655円(基本給の6%)
・資格手当 5000円
・扶養手当 5500円
→Xさんは、Y法人に対して、未払の割増賃金および労基法114条所定の付加金等の支払いを求める訴訟を提起しました。
2 割増賃金算定に関する法律の定め
時間外、休日、深夜の割増賃金については、労働基準法において、「通常の労働時間又は労働日の賃金」を基礎として、時間外労働では1.25倍割増し、深夜労働では1.5倍割増しの割増賃金を支払わなければならないとしています(労働基準法37条1項、4項)。
3 本判決の概要
(1)本件では、基本給、夜間支援体制手当、資格手当の合計額を基礎として割増賃金の額を算定すべきとしました。
(2)なお、Y法人は、「休憩時間1時間を控除した8時間の労働の対価を夜勤手当6000円とする旨の賃金合意があったから、同手当の額を割増賃金算定の基礎とすべき」との主張をしました。
これに対して判決では、①Y法人はこれまでグループホームの夜勤時間帯に行うべき業務はほとんど存在しないという認識を前提として、就業規則においては、巡回時間を想定した午前0時から午前1時までの1時間を除き、夜勤時間帯を勤務シフトから除外し、②本件訴訟においても、夜勤時間帯については緊急対応を要した場合のみ申請により実労働時間につき残業時間として取り扱う運用をしていると主張し、夜勤時間帯が全体として労働時間に該当することを争ってきたこと
→夜勤時間帯が実作業に従事していない時間も含めて労働時間に該当することを前提としたうえでの、合意があったとは認められないとしました。
さらに、労働契約において、夜勤時間帯について日中の勤務時間帯とは異なる時間給の合意をするためには、趣旨及び内容が明確となる形でされるべきであり、本件ではそのような合意があったとはいえないとしました。
(3)そして、Y法人の所定労働時間とXが支給を受けた基本給、夜間支援体制手当および資格手当の合計額から、割増賃金算定の基礎となる賃金単価を算出し、深夜残業(1.5倍割増し)、通常残業(1.25倍割増し)として、泊まり勤務1回につき6000円の夜勤手当を既払い額として控除し、その合計額を未払割増賃金の額として算出しました。
4 おわりに
今回もお目通しいただき、ありがとうございました。
本件のように、残業代が未払いであるとして割増賃金の支払いを求める訴訟は、まま起こることではあります。
当該紛争においては裁判実務を踏まえた対応が必要となるところですので、顧問先の皆様におかれましては、残業代に関するお悩みが生じた際には、お気軽にご相談をいただければと存じます。

弁護士 小川 頌平(おがわ しょうへい)
札幌弁護士会所属。
2025年弁護士登録、同年PLAZA総合法律事務所入所。北海道出身。