第26回は「日本郵便(北海道支社・本訴)事件」です。
従業員の懲戒解雇の有効性が問題となった事案であり、第一審と控訴審とで判断が逆転した事案です。第一審では懲戒解雇が有効であるとの判断がなされたのに対し、控訴審では懲戒解雇が無効であるとの判断がなされました。
まず、事案の概要について説明します。Y社の従業員であるXさんは、平成27年6月から平成28年12月までの1年半もの間、出張の際に社用車を運転して出張先に出向いていたにもかかわらず、Y社に対し、公共交通機関を利用して出張先に出向いたなどと報告するなどといった方法により、Y社から旅費等を多く受領していました。Yさんの旅費の不正受給の回数は100回にわたり、不正受給額は50万円以上にものぼりました。
Y社の就業規則上、「社員が法令又は会社の規程に違反したとき」や「業務取扱いに関して不正があったとき」が懲戒事由とされていました。また、Y社において、a「会社の金品、職務上取り扱う金品等を窃取し、横領し又は詐取した者」の処分について、懲戒解雇や諭旨解雇とし、b「虚偽の申告をなし・・・諸手当・・・を不正に利得し・・・た者」の処分について、基本は停職から減給までの処分として、重大なものについては、懲戒解雇や諭旨解雇とされていました。
Xさんは、Y社に対し、旅費等の不正受給が発覚した後、不正受給額相当額の金銭を返還しました。しかしながら、Y社は、Xさんの旅費等の不正受給行為が、Y社就業規則の懲戒事由(社員が法令又は会社の規程に違反したとき。業務取扱いに関して不正があったとき。)に該当するなどと判断した上、Xさんを懲戒解雇しました。
因みに、旅費等の不正受給について、Y社では、Xさんの他にも10名程度、Xさんと同様の旅費等の不正受給をしていた従業員がいました。当該Xさん以外の従業員の懲戒処分について、もっとも処分が重いものは停職3か月でした。
これまでの旬の判例でも解説したように、懲戒解雇の有効性について、①客観的合理的な理由があるか否か、②懲戒処分が社会通念上相当であるといえるのか否か、という判断枠組に基づいて判断されます。①客観的合理的な理由があり、且つ、懲戒処分が社会通念上相当であるといえる場合に、懲戒解雇が有効であると判断され、それ以外の場合は、懲戒解雇が無効であると判断されます。
第一審は、Xさんの旅費等の不正受給について、Y社の就業規則上の懲戒事由に該当し、且つ、(A)前記aの「会社の金品、職務上取り扱う金品等を窃取し、横領し又は詐取した者」に該当し、(B)1年半もの間、100回にもわたって繰り返し旅費等の不正受給を行っており、常習性がある。(C)被害金額も50万円を越えており、看過できない規模に及んでいる。よって、(A)~(C)を重視し、Xさんの懲戒解雇について、①客観的合理的な理由があり、且つ、②社会通念上相当であると判断し、懲戒解雇が有効であると判断しました。
これに対し、控訴審は、(A)懲戒事由について、前記aや前記b「虚偽の申告をなし・・・諸手当・・・を不正に利得し・・・た者」に該当する(処分の幅は、減給から懲戒解雇までの範囲。)。(B)や(C)の事情もある。
しかしながら、(D)Xさん以外の他の従業員も同様の旅費の不正受給を行っているところ、これらの従業員の懲戒処分の中で最も重いものは停職3か月であった。(E)当該従業員の中には、不正受給の期間が3年6か月、不正受給の回数が247回と、Xさんよりも多く不正受給を行っていた者がいる。(F)Xさんの不正受給した旅費の使い道について、宿泊費の支給されない他の出張の宿泊費やY社の懇親会に充てられており、全くの私用で使っていたわけではない。
よって、Xさんの違反行為について、違反行為の悪質さは停職3か月の懲戒処分を受けた者と概ね同程度のものであるといえる。
加えて、(G)Y社の旅費の支給にかかる事務に杜撰ともいえる面がみられることや、Xさんに他に懲戒歴がないこと、Xさんの営業成績が優秀であったこと、Xさんが始末書を提出した上で不正に受給した旅費相当額を全額返還しているなどといった汲むべき事情も相当程度ある。
故に、Xさんを懲戒解雇処分とすることは、停職3か月の懲戒処分を受けた従業員との均衡を欠いており、処分が重すぎるといえることから、客観的合理的理由を欠き、社会通念上相当なものであるとはいえない。
従って、懲戒解雇は無効である、と判断しました。
本件は、懲戒解雇の有効性が裁判体によって分かれるような限界事例であり、従業員の懲戒処分を選択する上で参考になる事例であると思われます。また、懲戒解雇の有効性の判断にあたって、本件の控訴審のように、他の違反行為と懲戒処分のバランス、類似事例との比較検討も踏まえて判断がなされる場合がある点に注意が必要です。
弁護士 小熊 克暢(おぐま かつのぶ)
札幌弁護士会所属。
2020年弁護士登録、同年PLAZA総合法律事務所入所。北海道出身。