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【旬の判例】~第39回 「JR西日本事件」

第39回は「JR西日本事件」です。

1 事案の概要

本事案では、JR西日本(以下「Y社」といいます。)の列車の運転手として就労しているXが、回送列車を移動させる作業を行う際、待機すべきホームを間違え、Y社より指定された作業等に関し2分間の遅れが生じたところ、Y社は、その2分間についてXの賃金を控除しました。そこで、Xは、Y社に対し、この賃金控除は違法であるとして、雇用契約に基づき、控除された2分間の未払い賃金の支払いを求めました。

ちなみに、当時、Xは、電車が来ないことを疑問に思い、すぐに会社に問い合わせ、自身が間違ったホームにいることに気づき、正しいホームに移動して、2分遅れはしたものの、本来の作業に着手し、完了しています。

果たして、このような従業員のミスにより、遅れが生じた場合に賃金は、生じるのでしょうか。

2 判断基準

労働基準法24条に基づけば、労働者が労務を提供していない場合、使用者はその部分についての賃金を支払う義務はないとされています。これを「ノーワーク・ノーペイの原則」といいます。Y社はこのノーワーク・ノーペイの原則に従い、2分間ではあるが、本来の労務を提供しなかったとして、2分間の賃金は発生しないと主張しました。

これに対し、裁判所は、本件賃金が発生するか否かの判断基準として、「賃金請求権(未払い賃金)の発生根拠は、基本的には、労働者と使用者との合意(労働契約)に求められるところ、労働者が債務の本旨に従った労務の提供をしていない場合であっても、使用者が当該労務の受領を拒絶することなく、これを受領している場合には、使用者の指揮命令に服している時間として、賃金請求権が発生するものと解される」としました。

本件では、この判断枠組みに従い、「Xの労務をY社が受領したといえるか否か」という点が争点となりました。

すなわち、賃金が発生するか否かは、本来の労務を提供したか否かではなく、使用者が労務の受領をしているか否かによるということになります。

3 裁判所の判断

Xの労務をY社が受領したといえるか否かについて、Y社は、乗務行路表等により分単位で時刻を指定して業務を指示しているから、これに反する労務の受領を予め黙示に拒絶していたことが明らかであると主張しました。

しかしながら、裁判所は、労務の提供が人間の活動である以上、一定の割合で、その遂行過程の一部に過失による誤りや遅れ等が生じ得ることは、Y社においても通常想定されるものであるとし、Y社が、常に乗務員による労務の履行状況を把握し、従業員の過失により指示に反する労務の提供がなされそうな場面で、明示的に受領拒絶を行うことや、未然に防ぐことは困難であると指摘しました。また、指示される労務は乗務行路表という一連の労務であるところ、その一部において、指示に反する労務の提供がなされた場合に、以後の労務の受領も拒絶して、以後の作業を急遽他の乗務員等に代替させるということは現実的ではなく、かえって、乗務行路表の作業に更なる遅れを生じさせる恐れもあり、合理的とは言い難いことから、Y社が受領拒絶の意思を有しているものとは解されないとしました。

そして、裁判所は、いかに指定された各時刻に所定の作業を行うことが列車の定時運行のために重要であり、分刻みでの指定がされているとしても、乗務員において上記記載に反する労務を行った場合には、むしろ、一連の業務の中で直ちに所定の労務内容に修正すべく行動することを求めているものと解するのが合理的であるとし、乗務員が業務を遂行する過程で誤りや遅れを生じさせた場合には、それを修正するための労務を含めて、Y社の指揮命令に服しているのであって、Y社において、乗務員の過失による誤った労務やその修正のための労務を受領していないなどとみるのは相当でないと判示しました。

4 結論

以上より、Y社は、賃金控除した2分間のXの労務を受領したものといえるから、当該労務の提供が、債務の本旨に従ったものであったか否かにかかわらず、当該労務について、Xに賃金請求権が発生することが認められました。

この裁判例により、従業員にミスがあったからといっても、直ちに賃金が発生しないことにはならないことが明らかになりました。このことから、従業員にミスがあった際、賃金について揉めることがないよう、予め労務の受領を拒絶する旨明示しておくか、ミスが起きないように最大限の対策を講じておくことが重要だといえるでしょう。

弁護士 髙木 陽平(たかぎ ようへい)

札幌弁護士会所属。
2022年弁護士登録。2022年PLAZA総合法律事務所入所。北海道出身。

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