第41回は「マーベラス事件」です。
業績評価(人事考課)に基づき、複数年にわたって実施された減給処分の有効性が争われた事案です。
XさんはY社の従業員でした。Y社は、半年に1回、従業員の業績評価を行っており、当該業績評価の内容や就業規則、社内規程に基づき、従業員の昇給・降給を決定していました。Y社は、平成27年12月から平成30年6月にかけて、Xさんの業績が芳しくなかったことを理由に、Y社の社内規程に基づいて、複数回にわたってXさんを降給処分しました。その結果、Xさんの賃金について、降給前の賃金から30%近くも減額されてしまいました。これを受けて、Xさんは、Y社に対し、一連の降給処分が無効であるとして、減給前の賃金との差額賃金の支払等を求めました。
人事考課に基づく減給処分について、①就業規則をはじめとする社内規定において、根拠規定があるか否か、②①に基づく減給処分について、人事権の濫用があるか否かといった観点から分析されます。本件では、②について、a 評価制度の合理性や不当な目的の有無等に照らし、人事評価について、裁量権の逸脱濫用があるかどうか、b (aに問題がないとしても、)賃金の減額幅の決定権限について、権限の濫用があるか否か、つまり、Xさんの被る不利益の程度という2つの観点から、処分の有効性が判断されました。
裁判所は、①の根拠規定が存在することを認定した上で、②のa及びbについて、以下のように判断しました。
まず、②aについて、評価制度につき、従業員と上司が話し合った上で評価項目を選定した上、従業員の自己評価を踏まえつつ評価が行われていること、評価確定後に上司のフィードバックを経て次期の評価目標が設定されていること、内部通報制度が機能していること等を踏まえ、評価制度自体については、問題がないと判断しました。次に、不当な目的の有無について、Xさんを退職に追いやるなどといった不当な目的を裏付ける事実関係はないと判断しました。そして、Xさんの評価結果についても、Xさんの実際の業績の内容やフィードバック後の改善状況、上司の指揮命令に対する消極的な言動等に照らし、不当な評価はなされていないため、裁量権の逸脱濫用は無いと判断しました。裁判所は、以上を踏まえ、人事評価については、裁量権の逸脱濫用はないと判断しました。
他方で、裁判所は、②bの賃金の減額幅の決定権限の濫用(Xさんの被る不利益の程度)について、Xさんの賃金が4年連続で減額され、その結果として、当初の賃金から30%近くも賃金が減額されていることを踏まえると、Xさんの不利益の程度が非常に大きいといえる。このような大きな不利益の伴う減給処分について、客観性や合理性を補強するような事実関係もない。よって、人事評価については権限の濫用が認められないものの、賃金の減額幅の決定権限については、権限の濫用が認められる、と判断しました。
その上で、裁判所は、労基法91条より、「(減給の制裁について、)総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない」との規定(一つの事由にかかる減給について、月給の10%を超えてはならないとの規定)を参照し、10%を超える部分の減給処分について、無効であると判断しました(10%の減給までは有効。)。
人事考課に基づく減給処分について、②aの人事評価について、裁量権の逸脱濫用があるか否かという観点から、処分の有効性が判断されます。本件では、それだけでなく、Xさんの被る具体的な不利益の大きさに着目し、減給の幅を抑えるための判断枠組として、②bの考慮要素を提示している点に特色があります。
弁護士 小熊 克暢(おぐま かつのぶ)
札幌弁護士会所属。
2020年弁護士登録、同年PLAZA総合法律事務所入所。北海道出身。