第45回は東京地判令和4年4月22日労判1286号26頁【Ciel Bleu事件】です。
減給の有効性及び配転命令の有効性が争われた事案です。
減給について、第41回の旬の判例(【旬の判例】~第41回「マーベラス事件」:弁護士法人PLAZA総合法律事務所 PLAZA LAW OFFICE (https://hk-plazalaw.com/column/hanrei041))でも取り上げました。もっとも、第41回の事案は、減給に関する就業規則等に基づいて減給処分がなされた事案であるのに対し、本件は、減給に関する就業規則等がない状況下において、減給の対応がなされた事案です。
減給に関する就業規則等がない場合、使用者と労働者との間で賃金を減額する旨の合意が無ければ、使用者側が一方的に賃金を減額することはできません。また、賃金を減額する旨の合意について、労働者において、労働者の自由な意思に基づいて合意したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する場合でなければ、賃金減額の合意があったとはみなされません。
例えば、上司に逆らうことができずに同意を強制されてしまったような場合等、労働者が真意に基づいて賃金減額の合意をしていないような場合は、労働者の自由な意思に基づかない合意と判断されてしまう可能性があります。裁判所の傾向として、a労働者の不利益の内容・程度、b合意に至るまでの経緯・態様、c合意に先立つ労働者への情報提供・説明の内容を踏まえて、労働者の自由な意思に基づいて合意したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するかどうかを分析する傾向にあります。
また、配転命令の有効性について、第35回の旬の判例(【旬の判例】~第35回「NECソリューションイノベータ事件」:弁護士法人PLAZA総合法律事務所 PLAZA LAW OFFICE (https://hk-plazalaw.com/column/hanrei035))でも取り上げたように、①業務上の必要性が存在しない場合、②(業務上の必要性が存在するとしても、)他の不当な動機・目的をもってなされている場合(退職に追い込む目的等)、③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合等の特段の事情がある場合、権利濫用として無効と判断されてしまいます。
裁判所は、本件における減給措置について、被告会社であるY社が「売上をしっかりやったら給与も元に戻す。」と発言し、これに対し、原告であるXさんが「今年よりやったら給与も元に戻すのではなくて、それよりあげてもらえますか。」と発言した事実を認定しました。その上で、当該発言について、①当該発言の前後で、Y社がXさんを厳しく叱責していることを踏まえると、XさんがY社に逆らうことができず、その場では異議を述べることができなかったと考えられること、②他にXさんが減給に合意したことを認めるに足りる客観的証拠(合意書等)が存在しないことを踏まえ、賃金減額の合意につき、Xさんの自由な意思に基づいてされたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとは言えないと判断しました(減給措置は無効)。
次に、裁判所は、本件における配転命令(東京の本社から九州エリアへの配転)について、①本件配転命令当時、Y社に配転制度が存在しなかったこと、九州を担当する従業員が既に存在していたこと、Xさんがこれまで九州エリアを担当したことが無く、九州エリアにおける縁もなかったこと等を踏まえると、業務上の必要性が存在したとは認められない。②また、減給措置等の事実経過を踏まえると、Y社がXさんに対する精神的・経済的な圧迫を加え、Xさんを退職に追い込むなどといった不当な動機をもってなされたものであると認められる。よって、本件における配転命令は無効である、と判断しました。
このように、就業規則等に減給に関する規程が存在しない場合、使用者と労働者との間で賃金を減額する旨の合意(労働者の自由な意思に基づく合意)が無ければ、使用者側が労働者の賃金を一方的に減給することはできません。また、配転命令について、①業務上の必要性が存在しない場合、②(業務上の必要性が存在するとしても、)他の不当な動機・目的をもってなされている場合(退職に追い込む目的等)、③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合等の特段の事情がある場合、権利濫用として無効と判断されてしまう点に注意が必要です。
弁護士 小熊 克暢(おぐま かつのぶ)
札幌弁護士会所属。
2020年弁護士登録、同年PLAZA総合法律事務所入所。北海道出身。