第53回目は「医療法人社団誠馨会事件」です。
本件は、A病院において勤務していた医師のXが、A病院を運営する医療法人社団誠馨会(以下「Y社」といいます。)に対し、未払いの残業代を求めた事案です。
XとY社との雇用契約においては、給与が年俸922万8000円(月額76万9000円)とし、その中には時間外手当も含まれるとされていました。そのため、Y社は、契約書上、給与の年俸額が定められており、時間外手当が年俸額に含まれると定められているのであるから、残業代は、固定残業代として、支払われていた給与の中に含まれている旨主張しました。
確かに、契約書上、「時間外手当は年俸額に含まれている。」といった定めがある以上、残業代は月額76万9000円の給与の支払いの中で既に支払われているようにも見えます。
しかしながら、本判決は、時間外手当が本給に含まれるとの合意があったと認めつつも、Y社からは「固定残業代としての額の明示」があったといった事実、およびY社よりXに対し、「基本給のうちの一定額を固定残業代として支払う旨の説明」をしたといった事実は、証拠上認められないとして、「月額基本給のうち時間外労働に対する対価がいくらであるかを判別できたとはいえないため、契約書の定めは無効となり、時間外手当が本給に含まれるとする合意は無効である。」と判示しました。
このように、契約書上、残業代が年俸に含まれる旨定めていた場合であっても、年俸額のうち残業代に当たる部分が明らかにされておらず、通常の賃金と残業代とを判別することができなければ、残業代は支払われたとは認められない可能性がありますので注意が必要です。
反対に、社会福祉法人恩賜財団母子愛育会事件においては、同様に未払いの残業代の有無が争われましたが、同事件では、給与規則・内規上、「医師手当」の部分が、固定残業代であることは明らかであるとされ、残業代の未払いはないと判断されました。規則等により固定残業代であることを明確に判別させておくことが重要といえるでしょう。
また、本件では、時間外の労働があったかという点について、A病院ではオンコール当番という制度が設けられており、Xは、オンコール当番日において病院外で待機している時間も労働時間に該当すると主張していました。オンコール当番とは、医師が当番制で、終業時刻後から翌日始業時刻まで、病院からの問い合わせに対応しなければならないというものでした。
この点について、本判決は、諸事情を考慮の上、「病院外でのオンコール待機時間は、いつ着信があるかわからない点等において精神的な緊張を与えるほか、待機場所がある程度制約されていたとはいえるものの、労働からの解放が保障されていなかったとまで評価することはできない」としてオンコール待機時間は、Y社の指揮命令下に置かれていたとはいえず、労働時間に該当しない旨判示しました。このことから、対応が求められる場合であっても、待機時間は、労働時間とは認められないケースもあるため注意が必要といえます。
いかがでしたでしょうか。今回は、年俸額に時間外手当が含まれる旨定めていた場合も残業代が支払われたとは認められないケースがあること、また、就労場所以外での問い合わせの待機時間が労働時間とは認められないケースがあることを紹介させていただきました。このような給与や労働時間について疑義があるケースは多々ありますので、お困りの際はぜひ一度、弁護士にご相談ください。
弁護士 髙木 陽平(たかぎ ようへい)
札幌弁護士会所属。
2022年弁護士登録。2022年PLAZA総合法律事務所入所。北海道出身。