第14回は「スタッフメイト南九州元従業員ほか事件」です。
従業員の引き抜き行為の違法性等が争われた事案です。
X社は労働者派遣事業等を営む株式会社です。X社は、いわゆる登録型派遣制度(派遣先企業が決定した都度、派遣登録をしている者との間で雇用契約を締結する形態)を採用しており、X社には、X社に登録のみをしているスタッフと雇用契約を締結しているスタッフの二種類の派遣スタッフが存在しています。また、X社の就業規則には、「従業員は在職中および退職後、会社と関係のある業種を営み、または会社の役員となってはならない。」旨の規定が存在しています。
他方で、Y1さんはX社の元従業員でした。Y1さんはX社在籍中に労働者派遣事業等を営むY2社を設立しました。Y1さんは、X社在籍中にX社の派遣スタッフを引き抜いてY2社と雇用契約を締結させ、当該派遣スタッフをX社在籍時と同じ派遣先企業に派遣させていました。
X社は、上記Y1さんの行為に関し、派遣先企業や派遣スタッフらに対し、Y1さんらが上記の引き抜き行為を行った旨、重大な非違行為を行った旨、Y1さんを懲戒解雇した旨、X社のシステムに保管されていた顧客情報や個人情報を無断で持ち出して利用した旨等が記載された書面を配布しました。
X社は、Y1さんに対し、上記の従業員の引き抜き行為について、不法行為や債務不履行(誠実義務違反)に基づく損害賠償請求をしました。また、X社はY2社に対し、不法行為に基づく損害賠償請求をしました。これに対し、Y1さん及びY2社は、X社に対し、上記書面送付行為について、Y1さんの名誉やY2社の信用が毀損された等と主張して、不法行為に基づく損害賠償を求める反訴を提起しました。
裁判所は、従業員の引き抜き行為について、次のように述べました。
会社の従業員は、使用者に対し、雇用契約に付随する信義則上の義務として、就業規則を遵守するなど労働契約上の債務を忠実に履行し、使用者の正当な利益を不当に侵害してはならない義務(誠実義務)を負い、従業員が誠実義務に違反した場合は、それによって生じた損害を賠償すべき責任を負う。そして、引き抜き行為について、従業員が行った引き抜きが単なる転職の勧誘を超え、社会的相当性を逸脱した方法で行われた場合には、誠実義務違反となり、債務不履行又は不法行為責任を負う(企業が同業他社の従業員を社会的相当性を逸脱した方法で引き抜いた場合も、同業他社の雇用契約上の債権を侵害したものとして不法行為責任を負う。)。
社会的相当性を逸脱した引き抜き行為であるか否かは、①引き抜かれた従業員の当該会社における地位や引き抜かれた人数、②従業員の引き抜きが会社に及ぼした影響、③転職の勧誘に用いた方法、態様等の諸般の事情を総合して判断することとなる。
その上で、裁判所は、本件について、次のように審理判断を行いました。
まず、前提として、X社には、(X社と雇用契約を締結していない)登録状態スタッフと(X社と雇用契約を締結している)派遣スタッフがいるところ、登録状態スタッフは、X社の従業員ではないことから引き抜き行為は問題とならない。本件で問題となるのは、派遣スタッフについて、いずれも派遣先企業を変えることなく、派遣元企業だけをX社からY2社に変えた引き抜き行為である(①、②)。
②について、X社は、当該派遣スタッフの派遣料相当額の売上を失うことになる。また、派遣先スタッフの受け入れ可能人数には上限があると考えられることから、派遣先企業を変えることなく引き抜き行為が行われた場合、X社が代わりの派遣スタッフを派遣することが不可能になる可能性が高くなる。
よって、X社からY2社に引き抜いた派遣スタッフをX社在籍時と同じ派遣先企業へ派遣する行為は、X社に対する影響が大きいといえる。
また、現にX社の売上も引き抜き行為の前後で減少しており、Y1らの引き抜き行為がX社に与えた影響を軽視することができない。
③について、Y1は、X社在籍中に引き抜き行為を行っており、職務専念行為に違反して収益を上げている。当該行為はY1らの行為の悪質性を基礎づける。
また、Y1は、派遣スタッフの勧誘時、X社とは話がついているかのような話をしたり、X社に内密にするよう依頼したりしていた。派遣先企業に対してもX社が了承済みであるかのような言動を取っていた。派遣スタッフ及び派遣先企業にとってX社の了承の有無は大きな関心事であると考えられる。よって、当該Y1の言動には、大きな問題があると言わざるを得ない。
以上を踏まえると、本件の引き抜き行為は社会的相当性を逸脱しているといわざるを得ず、Y1、Y2はX社に対し損害賠償責任を負う。
次に、裁判所は、X社によるY1の名誉毀損、Y2の信用毀損について、次のように述べました。
X社が派遣先企業や従業員らに送付した書面における、Y1が重大な非違行為を行った旨の記載やY1らが顧客情報等を無断で持ち出して勝手に利用していた等の事実の記載は、経済活動を営んでいるY1らの社会的評価を低下させるものであることを否定することができない。また、当該文書や記載内容について、公共の利害に関するものでもなく、X社の経済的利益を守るためのものであって公益を図る目的も認定できない。Y1の懲戒解雇や顧客情報等の持ち出しについて、真実ではなく、また、これを真実と信じたことに対する正当な根拠もない。よって、X社の文書送付行為に違法性阻却事由も認められない。X社は、Y1らに対し、不法行為責任を負う。
裁判所は、X社の請求もY1さんらの請求も認容しました。
従業員の引き抜き行為について、個人の転職の自由の保障と企業の利益の保護という二つの要請をいかに調整するかという問題があります。個人の転職の自由が最大限に保証されるべきであるとの立場をとった場合、本件と同様、単なる転職の勧誘に留まる引き抜き行為であれば誠実義務違反とはならず、社会的相当性を逸脱した引き抜き行為であれば誠実義務違反となると判断される傾向にあります。同様の見解をとる裁判例として、ラクソン等事件(東京地判平成3年2月25日労判588号74頁)が挙げられます。
また、従業員の問題行為について、本件のように、企業側が対応を誤ってしまうと、逆に従業員側から法的責任を追及されてしまうリスクがある点に注意が必要です。
弁護士 小熊 克暢(おぐま かつのぶ)
札幌弁護士会所属。
2020年弁護士登録、同年PLAZA総合法律事務所入所。北海道出身。