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【旬の判例】~第6回 「学校法人梅光学院事件」

第6回目は「学校法人梅光学院事件」です。
就業規則(給与規定・退職金規定)の変更の有効性及び未払賃金・退職金の額が争われた事案です。

XさんらはY法人の従業員でした。Y法人の旧給与規定では、年功序列型の賃金体系が取られており、住宅手当や扶養手当、通勤手当等の各種手当が支給される旨が定められていました。これに対し、Y法人の新給与規定では、年齢のみならず業績も加味した賃金体系がとられるとともに、住宅手当が廃止され、扶養手当や退職手当の支給額も減額されました。また、Y法人の旧退職金規定では、基本給及び各種手当の支給額をベースに退職金額が算定される旨定められていました。これに対し、Y法人の新退職金規定では、基本給のみをベースに退職金額が算定される旨変更されました。
Xさんらは、上記の旧給与規定・旧退職金規定(以下、「本件旧就業規則」といいます。)の新給与規定・新退職金規定(以下、「本件新就業規則」といいます。)への変更が、労働契約法10条にいう就業規則変更の「周知」と「合理」性の要件を欠くため無効であると主張するとともに、本件旧就業規則の規定内容を前提に未払賃金・退職金の請求をしました。

裁判所は、
まず、就業規則の変更の「周知」の要件については、本件新就業規則への変更が労働者に周知されていた旨を簡潔に認定しました。

次に、就業規則の変更の「合理」性の要件について、
【A】合理性の程度について、裁判所は、就業規則の変更により、賃金、退職金等の労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす場合には、就業規則の変更が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものでなければならない旨述べました。その上で、裁判所は、上記本件就業規則の変更によりXらの賃金、退職金等に実質的な不利益が生じているとした上で、本件就業規則の変更が高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるかどうかを分析しました。

【B】合理性の有無の判断枠組について、裁判所は、①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合等との交渉の状況、⑤その他の就業規則の変更に係る事情に照らして判断する旨を述べました(なお、労働契約法10条にも同様の判断枠組みが明記されています。)

裁判所は、
①→【A】のとおり、Xさんらの受ける不利益は大きいと判断しました。
②aY法人の収支は長年赤字の状態であり、経営改善のために何らかの対策を講じる必要があり、b校舎の建て替え等の支出も予定されていた。c収入の増加もさほど見込めなかった事実を認定しました。他方で、d赤字の程度はさほど大きくはなく、e本件就業規則変更当時、収入の増加が相当程度あり、fY法人の資金繰りに問題が生じ得るような危機的な状況ではなかった事実等を認定し、Y法人が、財政上、極めて危機的な状況に瀕していたとは言えないことから、労働者が不利益を受任せざるを得ないほどの高度の必要性があったとは認定できないと述べました。
③→a扶養手当等を廃止又は減額しなければならない合理的理由が見当たらない、b退職金の算定方法について、各種手当の支給額が考慮対象外とされており、基本給のみを算定の基礎に限定する合理的理由がなく、これに対する代償措置も講じられていない旨認定し、Xらの被る不利益の大きさに照らすと、本件新就業規則の内容の相当性があるとは言い難いと述べました。
④⑤→労働組合等との交渉の状況については特段問題があったとはいえないと判断するとともに、その他の事情についても特段検討しませんでした。

①②Y法人が極めて危機的な財政状況にあったとはいえず、労働者が不利益を受任せざるを得ないほどの高度の必要性があったとまでは認めがたく、③本件新就業規則の内容についても相当性があったとは言い難いことを踏まえると、本件新就業規則の変更は合理的なものであったと認めることはできないと判断しました。そのため、本件新就業規則への変更は、労働契約法10条の「合理」性の要件を欠くことから、本件旧就業規則を元にXらの賃金・退職金を算定すべきである旨を述べました。

そして、未払賃金、退職金についても、本件旧就業規則をベースに賃金・退職金を算定の上、実際にY法人から支払われた賃金・退職金との差額の支払が認められました。

就業規則の変更について、特に労働条件を不利益に変更する際に就業規則変更の有効性が問題となります。就業規則の変更が認められるためには、就業規則の変更を労働者に周知するとともに、変更内容が合理的なものでなければなりません。そして、就業規則変更の合理性は、①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合等との交渉の状況、⑤その他の就業規則の変更に係る事情に照らして判断されることになります。
本判決は、①の労働者の受ける不利益について、労働者の賃金、退職金等の労働者にとって重要な権利、労働条件に実質的な不利益が及んでいることを重く受け止め、かかる不利益を労働者に受忍させることを法的に許容できるだけの高度の必要性を要求している点に特色があります。本判決と同様の見解をとる裁判例として、ハイスイテック事件(大阪高判平成13年8月30日労判816号23頁)が挙げられます。
就業規則の変更により労働者の労働条件(特に賃金、退職金等の労働者の重要な権利、労働条件)を変更する場合、慎重に変更内容の検討を行い、労働者に周知する必要があります。

弁護士 小熊 克暢(おぐま かつのぶ)

札幌弁護士会所属。
2020年弁護士登録、同年PLAZA総合法律事務所入所。北海道出身。

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