第20回は、「エスツー事件」です。
内定取消の有効性や会社の損害賠償責任の有無が争われた事案です。
まず、前提として、採用内定の法的性質及び採用内定の取消の適法性の判断枠組について簡単に解説します。採用内定は、裁判実務上、始期付・解約権留保付の労働契約(労務提供の時期が決まっており、且つ、一定の内定取消事由が発生した場合に会社側から契約を解約することができる労働契約)とされています。つまり、裁判実務上、採用内定の時点で、(解約の余地があるものの、)内定者との間で労働契約が既に成立しているものと考えられています。
その上で、内定取消の適法性について、裁判実務上、(解雇の適法性の判断枠組と同様、)①内定取消(解約権の行使)につき客観的に合理的な理由があるかどうか、②社会通念上相当であるといえるかどうか、という観点から判断されます。
次に、本件の事実関係について説明します。Xさんらは、平成29年当時、外国人技能実習生でした。また、Y社は、ITサービス等を提供する会社であり、平成29年6月頃、Y社の役員であったEさんの主導により新規事業部(D事業部)を設立しました。Y社は、EさんにD事業部の運営のほぼ全てを任せていました。
Y社の役員であったEさんは、平成29年9月頃、新設されたD事業部の人員の確保のために、Xさんらの採用面接を行いました。その後、Y社は、同年10月頃、Xさんらを内定しました。(なお、採用内定通知書には、勤務場所がD事業所と記載されていました)。しかしながら、その後、Eさんは、平成30年2月頃、社内で不正行為を働いたのではないかとの疑惑をY社からかけられ、Y社を退職してしまいました。その結果、Eさんが運営を行っていたD事業部の継続の見通しが立たなくなってしまいました。また、Eさんの退職により、Y社の経営状態も悪化しました。
そこで、Y社は、Eさんの退職から2週間後、Xさんらに対し、採用内定を取り消す旨の通知書を送付しました。これに対し、Xさんらが、Y社に対し、本件内定取消が違法無効である旨を主張するとともに、Y社の損害賠償責任を追及しました。
裁判所は、本件内定取消の適法性について、前述の①、②の判断枠組に照らし、次のように判断しました。
a Eさんの退職によりD事業部の継続の見通しが立たなくなってしまったという点やY社の経営状態の悪化という点について、Y社が適切なマネジメント体制を構築していれば防ぐことができた問題である。そのため、当該事実をもって、人員削減の必要性が認められるわけではない(人員削減の必要性を肯定し難い)。
b Y社の求人票や就業規則上、Xさんらの勤務場所について、D事業所だけには限定されておらず、また、Y社に就業場所を変更することができる旨の配転命令権も認められていた。加えて、D事業所の継続の見通しが立たなくなってしまった原因はY社にある。そのため、Y社は、Xさんらの内定取消を回避するためにあらゆる手段を検討すべきであった。しかしながら、Y社は、Eさんの退職からわずか2週間後に本件内定取消をしているため、内定取消を回避するための努力がなされたとは認めがたい(内定取消の回避努力義務が果たされていない)。
c Y社は、Eさんの退職からわずか2週間後にXさんらの内定を取り消した理由について、Xさんらが一刻も早く就職活動を再開できるようにするためであると反論している。しかしながら、正式な内定取消前であっても他の就職先を探すこと自体は可能であるから、そのような理由で早期に内定を取り消したことを正当化することはできない(手続の妥当性もない)。
よって、本件内定取消は、①客観的合理的理由を欠き、②社会通念上相当であるとは言えないため、違法無効というべきである。そして、上記の事実関係に照らせば、Y社に不法行為に基づく損害賠償責任が認められる。
内定取消について、①客観的合理的理由を欠き、②社会通念上に照らして相当性を欠く場合、違法無効となるとともに、内定者から損害賠償責任を追及されてしまいます。そのため、慎重に対応しなければなりません。
また、本件において、Y社は、主にY社の経営状況の悪化(+D事業所の継続の困難)を理由に、Xさんらの採用内定を取り消しています。この点、経営状態の悪化を理由に採用内定の取消が行われた場合、第2回の「センバ流通事件」で問題となった、整理解雇の有効性の判断枠組が用いられる傾向にあります。整理解雇の有効性の判断枠組は、⑴人員削減の必要性、⑵解雇回避措置の相当性、⑶解雇をする人員の選択の合理性、⑷手続の相当性です(詳細は、第2回の旬の判例をご確認ください。リンクはコチラ)
本件についても、aにおいて、⑴の人員削減の必要性が検討され、bにおいて、⑵の内定取消の回避努力義務の有無が検討され、cにおいて、⑷の内定取消の手続の相当性が検討されています。そのため、本件内定取消の有効性の検討にあたって、整理解雇の有効性の判断枠組を踏まえて、①内定取消の客観的合理性、②社会通念上の相当性が判断されています。本件と同様の判断を行った裁判例として、インフォミックス(採用内定取消)事件(東京地決平9.10.31労判726号37頁)が挙げられます。
弁護士 小熊 克暢(おぐま かつのぶ)
札幌弁護士会所属。
2020年弁護士登録、同年PLAZA総合法律事務所入所。北海道出身。