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【旬の判例】~第32回 「学校法人帝京大学事件」

第32回は「学校法人帝京大学事件」です。

懲戒解雇の有効性が問題となった事案です。第26回の旬の判例で取り上げた「日本郵便(北海道支社・本訴)事件」(URL: https://hk-plazalaw.com/column/hanrei026)では、旅費を不正に受給した従業員につき、懲戒解雇は無効であると判断されましたが、本件では、通勤手当を不正に受給する等した従業員につき懲戒解雇が有効であると判断されました。

まず、事案の概要について、XさんはY法人の大学教授でした。Xさんは、a通勤手当について、Y法人に対し、自宅から職場まで公共交通機関を利用して通勤している旨をY法人に届け出ていたにもかかわらず、実際にはバイク通勤を行って交通費を浮かせ、通勤手当を過剰に受領していました。また、Y法人は、Xさんに対し、通勤手当の届出について、「最も経済的合理的と認められる通常の通勤経路及び方法による届出」をするよう指示していました。しかしながら、Xさんが届け出ていた自宅から職場までの経路は、不相当に遠回りされた経路であって、最短経路ではありませんでした。これにより、Xさんは、合計約200万円もの通勤手当を不正に受給していました。なお、Xさんは、不正に受給した通勤手当を、実家への帰省等のような私用のために費消していました。また、Yさんは、通勤手当の不正受給の発覚を回避するために、バイクを大学構内の職員用の無料駐車場ではなく、スーパーマーケットの駐輪場等に駐輪し続けていました。

そして、Xさんは、b研究費の請求について、Y法人から、研究に直接使用する物品を購入した場合、購入から3か月以内に領収書を添付して研究費の申請をするよう指示を受けていました。これに対し、Xさんは、Y法人の指示に反し、研究費の申請書に2年以上昔の領収書を添付した他、電波時計やビーチサンダル、座布団等といった物品の購入代金を研究費として申請したり、研究と無関係なものと思われる書籍の購入代金を研究費として申請したりしていました(研究費請求におけるルール違反)。

さらに、Xさんは、cY法人のホームページの教員紹介のページにおいて、事実と異なる経歴・職歴を掲載していました(教員紹介の誤記載)。

上記のXさんの一連の行為は、いずれもY法人の就業規則に反するものであって、懲戒事由に該当するものでした。Y法人は、Xさんについて懲罰委員会を開催し、Xさんの弁明の機会を設けました。しかしながら、Xさんは、遵守すべきルールを知らなかったと居直ったり、Y法人のチェックの不備が問題であるなどと自己の責任をY法人に転嫁するような発言を繰り返し、真摯に反省している様子が見受けられませんでした。そこで、Y法人は、Xさんを懲戒解雇しました。

第26回の旬の判例でも解説したように、懲戒解雇の有効性について、客観的合理的な理由があるか否か、懲戒処分が社会通念上相当であるといえるのか否か、といった観点から判断されます。

裁判所は、本件懲戒処分について、以下のように判断しました。

まず、aについて、詐欺と評価し得る悪質な行為であってその経緯や動機(帰省という私用のための費用の捻出)に酌むべき事情もない。損害額も合計約200万円と多額であり、被害も甚大である。加えて、Xさんに真摯に反省している様子が見受けられない。同様の不正受給を抑止する現実的必要性も高い。よって、この懲戒事由のみでも、免職を含む重い懲戒処分が相当である

次に、bについて、Xさんが研究費請求のルールを認識していたにもかかわらず、当該ルールに違反していた。また、研究費として請求できないはずの物品等も多数請求していた。Xさんが大学教員として有すべき基本的な規範意識を欠いていることを裏付けるものである。

そして、cについて、記載情報が誤っていることを認識していながら、また、Y法人から修正するように指示を受けていながら、漫然と放置していた。教員としてのみならず一般社会人として要求される基本的な注意力を欠いていたものであるというべきである。

以上を踏まえれば、Xさんは、悪質な詐欺と評価すべき行為により重大な結果を生じさせた上、全体的に規範意識の欠如が顕著であるだけでなく、自己の行為を隠蔽する行動に出るとともに、自己の責任を自覚せず、他者に責任転嫁するような言動を繰り返すなどしたものであり、大学教員としての職責を担うにふさわしいとは到底言えない。Xさんに懲戒処分歴がないことや本件懲戒処分によるXさんの不利益を考慮したとしても、本件処分は社会通念上相当であるといえる。よって、本件懲戒処分は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められるため、有効である

第26回の懲戒解雇が無効であると判断された「日本郵便(北海道支社・本訴)事件」との共通点としては、①会社から金銭を不正に受給したこと、②問題の従業員について、過去に懲戒処分歴がなかったことが挙げられます。

相違点としては、③Xさんには通勤手当の不正受給以外の問題行動があったこと、④被害金額が多額であること(日本郵便事件では50万円程度、本件では200万円程度。)、⑤金銭の使い道について、日本郵便事件では純粋な私用として使われていたわけではないのに対し、本件では純粋に私用として使われていたこと、⑥Xさんが反省しておらず、不正に受給した通勤手当を自主的に返還していないこと、⑦他の従業員との処分のバランス(日本郵便事件)、⑧教員というXさんの立場の特殊性等が挙げられます。

懲戒処分の判断に当たって、第26回の「日本郵便(北海道支社・本訴)事件」とともに参考になる事案です。

弁護士 小熊 克暢(おぐま かつのぶ)

札幌弁護士会所属。
2020年弁護士登録、同年PLAZA総合法律事務所入所。北海道出身。

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