第40回は、「熊本総合運輸事件」です。
本件は、固定残業代規定の有効性が争われた事案です。
多くの企業が頭を抱えている残業代について、最高裁は、企業の置かれている困難な状況に一定の理解を示しながらも、行き過ぎた固定残業代制度について、無効と判示しました。
1 事案の概要
トラック運転手として株式会社熊本総合運輸に勤務してしていたXさんは、会社に対して、時間外労働に対する未払賃金の支払いを請求しました。
2 法外残業と固定残業代制度の概要
労働者は、原則として、一日8時間、一週間で40時間を超えて労働することはできないものとされています(労働基準法32条)。
労使協定を締結すれば、例外的に、上記時間を超える時間外労働(「法外残業」)が認められますが、この場合、使用者は労働者に対して、基本給に加えて二割五分以上の割増賃金を支払うことが義務となります(労働基準法37条)。
法外残業は、上記のとおり、割増賃金の支払い義務が生じることから、企業にとっては大きな負担となるものです。
一方で、残業は、必ずしも使用者の管理下において実施されるものではなく、使用者が把握していないところで労働者によって(任意に)残業が行われるケースもあります。そのため、労働者の退職時に紛争となり、労働者から使用者に対して、事後的に多額の未払残業代請求がされるというケースも少なくありません。
このようなリスクに対応するために、近時は、「残業時間の多寡にかかわらず、残業代は●円とするものとし、基本給●円と合わせて毎月これを支払うものとする。」というような『固定残業代制度』と呼ばれる制度を採用する企業が多く見られています。
3 本件の固定残業代制度の概要
本件では、以下のように、基本給と残業代を技巧的に調整することで、残業時間の多寡にかかわらず、支払われる月額の給与が変わらない仕組みになっていました。
(1)月労働時間190時間の場合
(基本労働時間160時間、法外残業時間30時間)
月額支払い額:40万円
内訳 基本給:30万円
残業代:10万円
換算基本時給:300000(円)÷160(時間)=1875(円)
(2)月労働時間220時間の場合
(基本労働時間160時間、法外残業時間60時間)
月額支払い額:40万円
内訳 基本給:20万円
残業代:20万円
換算基本時給:200000(円)÷160(時間)=1250(円)
4 固定残業代規定の有効性
固定残業代規定が有効となるためには、①通常の労働時間の賃金に当たる部分と、時間外労働の賃金に当たる部分を判別することができること、②残業代が時間外労働の対価として支払われていること、③労働基準法37条が定めている金額以上の額になっていることが必要です。
5 本最高裁判決の判断
本件では、特に上記②の点で不備があるとして、本件残業代規定は無効なものと判断されました。
要旨としては、以下のとおりです。
本件残業代規定は、当月に支払われる残業代の金額を基本給から差し引くことによって、企業が労働者に支払う月額給与総額がほぼ固定となるように技巧的な調整がされるものとなっている。
このような残業代規定も、計算の結果、一応は通常の労働時間の賃金に当たる部分と、時間外労働の賃金に当たる部分を数字上判別することは可能となっていると言える(上記①の点)。
しかしながら、本制度は、もっぱら残業代の発生を防ぐために、本来基本給として支払われるべき金額を名目的に残業代として支払っているものであり、実際の時間外労働時間に対応した対価が適切に支払われているものとは到底言えない(上記②の点)。
6 おわりに
今回もお目通しいただき、ありがとうございました。
本最高裁判決の草野裁判官の補足意見では、以下のように述べられています。
「企業が、被用者による『非生産的な残業』を排除しようとすることは十分に理解できるところであり、被用者による自己判断で行われる『非生産的な残業』を排除するために固定残業代制度を採用するというのは、経済合理性のある行動として理解できる。
しかしながら、本来は基本給として支払われるべきものを、名目的に残業代として支払うというような脱法的な事態を許容することはできない。
企業が被用者による『非生産的な残業』を排除する有用な方法は、現在のところこのような固定残業代制度の他には考え難いところなのかもしれないが、その一事をもって本件を許容することはできない。」
本稿が、会社様における残業代制度の在り方の見直しの一助となれば幸いです。
弁護士 白石 義拓(しらいし よしひろ)
第二東京弁護士会所属。
2022年弁護士登録、同年PLAZA総合法律事務所入所。栃木県出身。